言霊の森でしなやかに言の葉を翻す

~翻訳 読書 日々のこと~

レアチーズケーキ

「レアチーズケーキが食べたい。クールンとかじゃなくて」
と下の子に言われ、そういえば最近作ってないなぁと思う。
クリームチーズを買ってきたものの、さていつ作ろうか…
夏休みに入ったし、あまりゆっくり作っている時間は…と
思ったら、上の子が「作るよ!材料を用意してくれれば」
というので、計量だけしておいて、あとは全部任せたら、
なめらかでとてもおいしいチーズケーキができあがる。

彼女の工程はどれも丁寧で、下に敷くクッキー生地も、
時間をかけて麺棒でしっかり叩いて細かくしているし、
クリームチーズも、ゆっくりじっくりかき混ぜている。
丁寧な工程が、おいしいケーキになるんだなぁと実感。

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 下の子はクッキング部で、コロナで活動がないものの、
クッキング部員こそ作ればいいのでは…という思いと、
上の子は受験生で、丁寧に作っている場合では…という
思いが一瞬よぎったがひとまず脇に置いておくことに。

『消失の惑星』の読書会に参加して

昨日は、文芸翻訳ブッククラブさん主催の読書会に参加した。
第26回目の課題図書はジュリア・フィリップスの『消失の惑星』
Zoomでの読書会に参加するのは、今年に入ってこれで3回目で
『存在しない女たち』、『華氏451度』、『消失の惑星』と、
ジャンルやテーマは違えど、どれも誰かと語りたくなる1冊だ。

昨日の読書会では、翻訳された井上里さんも参加されて、
翻訳にまつわる貴重なお話を伺うことができて良かった。
途中から2のグループに分かれて、本書の魅力について
たっぷりと語りあった。素晴らしい相関図を作られた方も
いて、改めて登場人物の多さや関係の複雑さに感じ入った。

とはいえ、そうした大勢の登場人物にも関わらず、
読んでいて散漫になることはなく、それどころか、
ひとりひとりが抱える問題はどれも身につまされ、
この先どうなってしまうのだろうと気になって、
読み進めずにはいられなくなる。それでいて、
一章一章が、それで完結してもおかしくないような
良質な短編のような完成度が素晴らしく、ひとつの
物語が終わるたびに、各登場人物に思いを馳せた。

読書会では、どの章が一番好きかといった話から、
出てくる人物への共感、嫌悪、不信、哀れみなど、
さまざまな側面から語らうことができ楽しかった。

今回は、久しぶりにお目にかかれた方も多く、
コロナ禍であるからこそ、こうした集まりには
できるだけ積極的に参加していきたいと思った。

また、読書会の中で、『ルックバック』という漫画が
話題に出たが、ちょうど数日前に見ていて漫画の中に
地元の馴染みある大学が出てきて驚いたばかりだったので、
カムチャッカに住む人々の閉塞感と、北国で育った自分の
閉塞感とがオーバーラップしたという話をしたあとで、
『ルックバック』が出てきたタイミングにびっくりした。

3月に読んだときから、誰かと語り合いたいと思っていたので、
参加することができて良かった。大変充実したひとときだった。

kmr475.hatenablog.com

 

偶然

ときどき、説明のつかない偶然に震えるときがある。

先日寄稿したエッセイではタイトルに「櫂」を入れた。
「櫂」を入れたのは、茨木のり子さんが川崎洋さんと
創刊した同人誌「櫂」を意識してのことだった。

エッセイを書き終えた後、掲載時に添える写真を...
と言われ、まったく予期していなかったので焦る。
最近撮った写真といえば人物か食べ物ばかりで、
もともと風景の写真はほとんど撮ることがないし、
そもそも海の写真なんて…。家族で海に行ったのは
数えるほどだし、それにしたって随分昔のことだ。
第一、写っているのはほとんど子供ばかりだし…。

困り果てて、ええと最後に海に行ったのは...と考えて
はっとした。慌てて記憶をたどり2年前のフォルダを
検索する。あった。海だけを撮った写真が。1枚だけ。
この偶然をなんと表現したらいいのか考えあぐねた。

その写真は、2年前に私の両親と私の家族4人で
山形県鶴岡市加茂に行ったときに撮ったものだ。
近くにはくらげで有名になった加茂水族館があり、
そこも目的地のひとつだったが、一番の目的は
茨木のり子さんのお墓をお参りすることだった。

加茂水族館のすぐそばの、やや険しい石段を
上りきった先に彼女と夫の眠る浄禅寺はあり、
お墓からは鳥海山と穏やかな加茂の海が見える。

遠戚にあたるのり子さんのことは、折に触れて父から
聞いていて、いつかお墓参りをしたいと思っていた。
ほとんど風景を撮ることのない私が、なぜあのとき
海を撮ったのかはわからない。しかもたった1枚。

この瞬間を、写真は待っていたのかもしれない。

 

『海をあげる』

『海をあげる』を読み終えた。

言葉にできない思いが、心のなかで溢れている。
著者が綴らなければ表に出ることのなかった思いが、
容赦ない現実が、これでもかというくらい伝わってきて、
ことの重大さと、自らの無力さに打ちのめされる。

娘と、自分と、母と、祖母と。
4世代の女性を通して、著者の人生が透けてみえる。
目を背けたくなる現実に、目を背けず、
沖縄の現実を、本当の沖縄を著者は綴る。

読んでいる間ずっとしんどくて、この思いを
どうすればいいのか、どう受けとめればいいのか、
いや受けとめきれない、辛い、辛すぎると思いながら読み進めたが、
「あとがき」で、タイトルの由来となった児童文学『うみをあげるよ』
が紹介されていて、読んだらその無垢さにぼろぼろ涙が出てきて、
そうしたら少しだけ救われたような気がして、読めて良かった、
こんなふうに心が揺さぶられたことを忘れずにいたいと思った。

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