Life is like a garden

Perfect moments can be had, but not preserved, except in memory.

『エルヴィス・コステロ自伝』

少しずつ読み進めていた『エルヴィス・コステロ自伝』を昨晩読み終えた。
これだけ長いと、いつ読み終えるだろう…と楽しみ半分、不安半分だったが、
オーディブルで聴きながら読み進めたら、予想以上に早く進むことができた。

実はもともと原書で買ったものの、あまりの分厚さに「日本語訳で読もう」
と、訳書が出るのを楽しみに待ち購入したのだが、当然ながら訳書も長く、
まあ気長に読み進めよう…と思っていたところ、オーディブルの2カ月無料
キャンペーンを知り、耳で聞いた方が早いかも!と早速登録。

購入してまず驚いたのは、コステロ自身が朗読しているということ。
コステロ自ら、自伝を語ってくれるというなんとも贅沢なひととき。
さらに、コステロがところどころ声色をまねて話してくれるので、
臨場感あふれる語り口が楽しく、楽しく聴くことができた。
この人は根っからのショーマンなのだな、と改めて感じた。

とはいえ、久しぶりのヒヤリングに、英語だけ聞いたのでは取りこぼしが
あると不安を感じて、英語を聞きながら日本語を読む方法に変えたところ、
映画館で洋画を字幕で見るような感覚が心地よく、するすると進められた。
なにより日本語訳がみごとで、ストレスなく読み進められるだけでなく、
英語と照らし合わせても違和感を感じず、英語ネイティブと同じ
読書体験ができていると実感しながら読み進めることができた。

また、コステロボブ・ディランと仲が良いことを知らなかったので、
随所にディランとのエピソードが語られていたのは思わぬ収穫だった。

歌だけでは伝わりきれない彼の魅力がぞんぶんに伝わってきただけでなく、
当事者しか語ることのできないロック史に触れられた至福の読書体験だった。

f:id:kmr475:20210413092322j:plain

オンライン特別講座「二十年後」を受講して

1月末から3月末にかけて、越前敏弥先生のオンライン特別講座
「二十年後」を受講、ようやく3回分の動画の視聴を終えた。

これまで先生の単発講座(課題なし)はいくつか受講したことがあったが、
提出課題に赤を入れて頂くスタイルは今回が初めてで、大変勉強になった。

自分の立ち位置を確認したいという思いもあったが、想像以上に
厳しい結果となり、あらためて小説を訳す難しさというものを痛感した。
同様の講座開催を考慮し(ネタバレにならぬよう)備忘録として振り返ると…。

3回に分けて提出した課題には「誤訳箇所」と、「誤訳ではないが
改善すべき箇所」に線が引かれるが、3回分あわせて誤訳が5カ所
(うち3カ所は同一単語)、改善が40数カ所。改善すべき点が多い…。

今回見えてきたのは、「視点」を意識することの大切さで、
これは誰目線で書いているのか、この人がこういう言い方をするか、
といった、脚本家もしくは全体を見渡す舞台or映画監督のような
ものの見方で、全体像をとらえなければいけないということ。

翻訳をしていると、つい訳すことに精一杯になってしまい、
一語一句にとらわれがちになるが、常に全体を見渡して、
様々な角度から検証する厳しい「視点」が必要だと痛感した。

今回、「原文通りの訳ですが…」という指摘が散見し、少し前に
勉強会で「原文に遠慮している」と指摘されたことを思い出す。

この文が伝えたいことは何なのか、読者に何をどう伝えるか。
そうしたことにもっと注意を払い、勉強を重ねていかねば。

同業者の方が受講後に投稿されたブログにて、ノンフィクション作品
とフィクション作品の違いについて、「余白を意識するのが文芸翻訳で、
余白をなくす方向に向かうのがノンフィクション翻訳」と書かれていた。

2つの勉強会でフィクションとノンフィクションの両方を訳しているので、
それぞれの違いについてみごとに表している言葉だと思わず深く頷いた。

以前、フィクションの方で「原文があいまいなら訳もあいまいに」訳す
よう教わったが、ノンフィクションの方では「あいまいではいけない」
と教わったことがあった。矛盾するようだがどちらも正しく、例えば
ミステリー作品で、わざと仄めかして書いているのを、訳者が明確に
訳すことであいまいさが失われれば、読者の楽しみを奪うことになり、
逆に、明確な答えを求めるノンフィクションの読者に対して、あいまい
な表現をすれば(たとえ原文があいまいでも)「結局何が言いたいの」
といった不満を与えてしまい、続きを読んでもらえない可能性が高い。

だからどちらも正しい、ということは納得できたものの、
それをうまく言語化できなかったのだが、端的かつ正確に、
「余白」という言葉でフィクションとノンフィクションの
違いが表現されていて、そう!まさに!と嬉しくなった。

いちど、きちんと受講したいと思っていた越前先生の講座。
大変学びが多く今回受講することができて本当に良かった。

『消失の惑星』を読んで

読みはじめたとたん、頁を繰る手が止まらなくなる。
不在人物を介して進む物語は『桐島、部活やめるってよ』を彷彿させ、
どの章も、それだけで独立した短編としても味わえる完成度の高さだ。

言葉にならないやりきれない感情が、カムチャッカ半島の寒々しい大地や
暗い海、点在する住処等の情景描写を通じて巧みに掬いあげられている。

娘を失くした女性。仲の良い友達と疎遠になった女性。
若くして母になり、不自由さをつきつけられる女性。
遠く離れた恋人の束縛をかわしながら、新たな出会いを
受け入れる女性。受け入れがたい身内に悩まされる女性。
これは、それぞれの境遇に悩み、抗う女性たちの物語だ。

そこにいない人物を通して、いくつもの喪失と痛みの物語が、
住む人々の複雑な民族的背景を反映するように、さまざまな
人物の視点から語られる。小さく仄かな点のひとつひとつが、
読み進むにつれて、細いけれどもくっきりとした線となる。

ひたすらラストが気になって読み進めたが、読み終えたときに、
この物語を読むことができて良かったと思える終わり方だった。

本書は、まとめて読む時間がとれず、隙間時間に数ページずつ読み進めた。
電車の中で。半日ドックの待機エリアで。眼科の待合室で。マクドナルドで。

どこにいても、何をしていても、本を開くとカムチャッカ半島に戻った。
彼女たちが抱える苦しさに、こちらまで息苦しくなりそうになりながら。

幸せとは。人生とは。仕事とは。家族とは。女性として生きるとは。
登場人物の人生の断片が自分の人生の断片と奇妙に重なり合ったとき、
物語は不思議な輝きを放ち出し、この人生という荒波を進む櫂となる。

 

f:id:kmr475:20210323213050j:plain

 

zoomお茶会

学生時代の友人2人と1年以上振りにzoomでお茶会。楽しかった!
この1年間は翻訳の勉強会やセミナーなどでzoomを利用してきたが、
仕事や英語とは関係なくzoomで集まったりすることはなかったので、
久しぶりに顔を合わせて、近況を報告しあうことができて良かった。

「今度会おう」がなかなか実現しない世の中になってしまったので、
こういう時間も意識して確保していきたい。

f:id:kmr475:20210315115616j:plain



翻訳家のエッセイ

田口俊樹先生のエッセイ『日々翻訳ざんげ』を購入。
昔から作家や翻訳家、通訳者のエッセイが好きで、
見かけると手に取り、つい次々と買ってしまう。

最近では宮下奈都さんに岸本佐知子さんがとくに好きで、
20代の頃は向田邦子さん、森瑤子さん、安井かずみさん、
桐島洋子さんなどたくさん読んだ。今思えば、20歳前後で
読むより、今の方がずっと彼女たちの年齢に近いのだが、
あの頃は憧れの女性の視点に浸るのが楽しかったのだろう。

そして、翻訳家・通訳者のエッセイもすごく面白い。
とくに米原万里さんのエッセイは、どれだけ時間が
かかろうと、なんとしても読破したいと思っている。

田口先生はウェブ上のインタビュー記事などを読んでいて、
ついくすっと笑ってしまうことが多く、お人柄の滲み出る
トークを目で追うのが楽しみだったが、エッセイはまだ
読んだことがなかったので、これを機に前から読みたいと
思っていた『おやじの細腕まくり』も購入。
どちらから読もうか……と考えるのも楽しい。

田口先生の訳は、『郵便配達は二度ベルを鳴らす 』の冒頭で圧倒される。
アメリカの片田舎の表現が見事で、目を閉じれば乾いた空気と砂ぼこりが
漂っているような気がした。他の訳者と読み比べても断とつに素晴らしく、
とある懇親会でお話しする機会があったときに、ご本人にその旨を伝える
ことができたのはいい思い出。
 
『郵便配達…』の読み比べをしたとき、同じ原書でも訳者が違うとこれほど
までにトーンが変わるのかと驚いた。私には田口先生の訳がしっくりきたが、
そのときはしっくりこなかった他の訳者の方の小説を最近読む機会があり、
そちらは、彼女でなければいけないと思うほど小説の世界観にぴったりで
本当に素晴らしかった。
 
先週視聴したウェブセミナーで出版社の編集者の方が、翻訳者を探す
ときは翻訳者の特性と得意技を考える、この人の文体が原書の世界と
合うかどうか、ということを仰っていたが、それが見事に合致したときに、
その物語が生まれた国のネイティブと違わない読書体験ができるのだろう。

 

f:id:kmr475:20210310161831j:plain

f:id:kmr475:20210310161844j:plain

f:id:kmr475:20210310161900j:plain