読みはじめたとたん、頁を繰る手が止まらなくなる。
不在人物を介して進む物語は『桐島、部活やめるってよ』を彷彿させ、
どの章も、それだけで独立した短編としても味わえる完成度の高さだ。
言葉にならないやりきれない感情が、カムチャッカ半島の寒々しい大地や
暗い海、点在する住処等の情景描写を通じて巧みに掬いあげられている。
娘を失くした女性。仲の良い友達と疎遠になった女性。
若くして母になり、不自由さをつきつけられる女性。
遠く離れた恋人の束縛をかわしながら、新たな出会いを
受け入れる女性。受け入れがたい身内に悩まされる女性。
これは、それぞれの境遇に悩み、抗う女性たちの物語だ。
そこにいない人物を通して、いくつもの喪失と痛みの物語が、
住む人々の複雑な民族的背景を反映するように、さまざまな
人物の視点から語られる。小さく仄かな点のひとつひとつが、
読み進むにつれて、細いけれどもくっきりとした線となる。
ひたすらラストが気になって読み進めたが、読み終えたときに、
この物語を読むことができて良かったと思える終わり方だった。
本書は、まとめて読む時間がとれず、隙間時間に数ページずつ読み進めた。
電車の中で。半日ドックの待機エリアで。眼科の待合室で。マクドナルドで。
どこにいても、何をしていても、本を開くとカムチャッカ半島に戻った。
彼女たちが抱える苦しさに、こちらまで息苦しくなりそうになりながら。
幸せとは。人生とは。仕事とは。家族とは。女性として生きるとは。
登場人物の人生の断片が自分の人生の断片と奇妙に重なり合ったとき、
物語は不思議な輝きを放ち出し、この人生という荒波を進む櫂となる。