Life is like a garden

Perfect moments can be had, but not preserved, except in memory.

祖母の歌集

祖母の歌集『冬ばら』に収められている短歌を
3年かけてようやくすべて写し終える。
真面目に毎日写していれば1年と100日で終わるところを、
途中何カ月も中断したり、また思い出したように始めたり…
を繰り返した末、ようやく最後のページにたどり着く。
今放送中の朝ドラで貴司くんの詠む短歌が話題になっているが、
今回一首ずつ写すことで、改めて短歌の奥深さに感じ入った。
祖母は60代で他界し、他の祖父母よりずっと早かったため、
もっといろんな話がしたかったな、あんなこともこんなことも
聞いてみたかったな、という思いがずっと残っていた。
祖母が短歌を詠むことを知ったのはいつだったか、
小学生頃には聞かされていたはずだが、とくに興味を持たないまま月日が過ぎ、
祖母が亡くなってから、生前に出した歌集『冬ばら』と『眉月』を譲り受けた。
短歌に興味がなかったこともあって、2冊はずっと本棚に眠っていた。
開いたのは、出版翻訳の勉強を続けているうちに、もっと美しい日本語に
たくさん触れたいと思うようになり、ふと手に取ったときに、
短いし書き写すにはちょうどいいのではないかと思ったからだ。
写し始めて驚いたのは、そこに祖母のすべてがつまっていたことだった。
一緒に過ごした時間は短かったけれど、祖母が日常を丁寧に短歌に綴り、
それを歌集という形で遺してくれたおかげで、書き写しているうちに
祖母と会話をしているような、祖母の話に耳を傾けているような気分になった。
祖母がどんな気持ちで子供たちを育てていたか、どんな思いで家族を
見つめていたか、なにげない日常をどんな視点でとらえていたのか。
歌集はすべて教えてくれた。
高校卒業後、大学の文学部に進みたかった祖母。当時は女性に学問は…
という風潮が強く、家政科なら…ということで許可がおり東京に進学、
上京してすぐ窪田空穂先生の門を叩いたという。
『冬ばら』の序文には窪田先生の温かい言葉が並ぶ。
歌集の中で、とくに印象に残ったのがこちらの七首。
物を煮る暇に読み継ぐ赤彦の歌の一つの胸にしみゆく
幼しと思えど持てる自尊心傷つけまじとひたに見守る
いささかの梅酒に酔えば目の前のもの皆動くおぼろおぼろに
留まる水深しというドイツ語の諺が慰めのごとく心にしみぬ
十円のキップ手に持ち乗る電車いつまでも乗りたき春の午後なり
たゆたえるごとく悲しく胸ゆすりロンドンデリー弾きて終わりぬ
明るきジャズ流れくるラジオ止めて葬いに行く支度をはじむ